原画情報: |
100×81cm 1875年 ワシントン・ナショナル・ギャラリー |
作者紹介: |
「モネ」という名前は短いようですが、本名はクロード=オスカール・モネとといいます。1840年にパリで生まれ、幼い頃にセーヌ河口の近くの町に引っ越します。裕福な家庭で育ったモネは、10代の早くから絵の才能を見せはじめます。 15歳の頃には、町中で評判になり絵画が売れるほどになっていました。そんなモネに風景画を描くようにすすめたのが、風景画家だったブーダンです。ブーダンと一緒に外で絵を描くようになったのです。 その1年後、モネはパリに移住して絵画を本格的に学び始めます。パリには芸術家たちが集まっていて、モネもここでルノワールやドガ、セザンヌたちと出会ったのです。そして、彼らは自分たちで新しい絵画をつくろうと展覧会を1874年に開くのです。しかし、モネをはじめとした彼らの絵画は、世間には受け入れてもらえませんでした。これまでの絵画は、重くるしい色に題材がしっかりはっきりと描かれているものでした。モネたちの絵画は明るくあざやかな色を中心として、見たままの景色を描いていたからです。この展覧会を見た評論家たちは、モネが展覧会に出品していた作品『印象・日の出』から彼らを印象主義者だといったのです。これが印象派と呼ばれるきっかけになったのです。 モネも他の印象派の画家たちも世間に認められるようになるまで、長い時間がかかりました。今でこそ、巨匠と呼ばれるモネでも、世間に認められて絵画が売れるようになったのは40歳以降だったのです。 生活が安定するようになったモネは43歳でジヴェルニーという村に移住します。風景画を描き続けていたモネは、花をとても愛していたのでとても広い土地に花や木を植えた美しい庭をつくりました。 それ以降のモネの作品の多くは、この庭の絵が中心です。有名な「睡蓮」もモネの庭の睡蓮が題材になっているのです。 印象派の中でも長生きだったモネは1926年86歳まで生きました。 |
作品紹介: |
印象派の巨匠クロード・モネの最も世に知られる代表作のひとつ『散歩、日傘をさす女性』。1876年に開催された第二回印象派展に出典されたこの類稀な傑作に描かれるのは、クロード・モネが1860年代から70年代にかけてしばしば取り組んだ、戸外での人物像をモティーフとした作品で、画家が当時滞在していたパリ北西ヴァル=ドワーズ県の街アルジャントゥイユの草原に立ち日傘をさす女性は、当時の妻であるカミーユ・ドンシュー(カミーユは1879年に死去し、モネはその後1892年に再婚する)を、傍らに添う幼児は長男ジャン(当時5歳)をモデルに制作されている。観る者がこの二人(妻カミーユと息子ジャン)を見上げるような視点で描かれる本作で最も印象的なのは、逆光と風の中のカミーユのおぼろげな表情にある。日傘を手に観る者と視線を交わすカミーユの顔は、自然風の中でなびくヴェールによって遮蔽されている。この面紗(ヴェールの意)の自然的な運動による瞬間的な印象性を描き出すことによって、草原に立つ女性を観る者は面影として捉えるため、強く心象に残り、かつ神秘的にすら感じるのである。また画面の大部分を構成する青色、白色、緑色、黄色などの色彩は、自然と触れ合うことによって感じる爽やかで心地よい感覚を観る者に与えるのである。なお本作は人物の描写に重点を置いているが、画家が約10年後の1886年に制作した(本作と極めて類似する構図の)対画『戸外の人物習作(右向き)』、『戸外の人物習作(左向き)』では、人物と風景が渾然一体となって表現されている。 |